今、ライブ・エンタテインメントの関係者が何かの席で顔を合わせたとして、真っ先に交わされる会話は「今後の公演が無事に開催できるように、現場のスタッフを集められるかどうか」ではないでしょうか。それ程までに業界全体に人材不足への不安が広がっています。舞台監督、美術大道具、照明、音響、特殊効果、レーザー、会場運営など、ライブに欠かせない事業者が参画した日本舞台技術スタッフ団体連合会(以下、スタッフ連合会)の横田健二代表理事とACPCの中西健夫会長が、コロナ禍を経て顕在化したかつてない危機の中で「何をすべきか」をじっくりと語り合いました。
会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。
中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 31 横田健二(日本舞台技術スタッフ団体連合会 代表理事)
ライブ・エンタテインメントの現場で働く
すべての人達のために見つめ直すべき「根幹」
公演が開催できなくなる日
中西:本当に色々なことが複合的に積み重なって、ライブ・エンタテインメント業界を支える人材の不足が深刻になっています。コロナ禍が長期にわたったことで、コンサートが開催できない日々が続き、仕事が失われ、多くの離職者が出ました。そして、いざアフターコロナになって、エンタメで世の中を明るくしていこうとなった段階で、離職者が戻ってこない、スタッフやアルバイトが集まらないという状況になってしまいました。新たな野外フェスやドームツアーの企画を、コンサートプロモーターもなかなか引き受けられなくなってしまっています。海外アーティストの来日が急に決まっても、コンサートの開催は難しいでしょう。会場は押さえられたとしても、それでは誰が舞台を設営して、ライブを成立させる音響や照明のスタッフを揃えられるのか、それが見えなくなっています。「スタッフがいないため、舞台がつくれないのでコンサートは開催できません」と我々が言わなくてはいけない日が間近に迫っているとリアルに感じています。
横田:コロナ禍でこの業界を離れた方達が戻ってきていないことは大きいですね。私達は企業として仕事に従事していますが、受注させていただいている仕事の大半のパートは、フリーランスの方にお願いをしていますので、そういった方達の離職は現場を直撃しています。
中西:働き方改革も大きく影響しています。もちろん労働者を守るために、改善しなくてはいけない点は多々あると思いますが、我々の業界にとっては現実に即していない面があることも否めません。先日、自由民主党の平(将明)議員が衆議院予算委員会の質疑で、「130万円の壁」「106万円の壁」により(パートタイムで働いている配偶者が年収130万円を超えると被扶養者ではなくなる、2022年10月より従業員101人を超える事業所に勤めるアルバイト労働者が年収106万円を超えると、被用者保険加入の対象になるので)働き控えが起きている現状を取り上げてくださいました。「103万円の壁」(配偶者と扶養親族の年収が103万円を超えると所得税が課せられ、扶養控除も受けられなくなること)も影響が大きいです。こういったこともすべて様々な業界での働き手不足につながっています。
横田:働き方改革に沿って労基(労働基準監督署)の指導、長時間労働に対する査察の頻度や内容が厳しくなってきていて、これまでは1人でできていた仕事を長時間労働の抑制として、2人、3人で分担しなくてはいけなくなっています。もともと働き手が少なくなってきている状況に加えて、以前の2倍、3倍の労働者が必要になると当然、人手が足りなくなってきます。本当に厳しい状況です。
中西:プロダクションも同じような状況になっています。今までだったら1人のマネージャーでできていたことが、長時間労働になるからということで2人体制になる。2人体制だと、アーティストを含めた意思疎通がどうしても難しくなりますからね。
働き方改革について、正直な心情を述べさせていただくと、9時から5時といったレギュラーの労働時間が設定されている大企業の改革と、我々が労働者を守るために本当にやらなくてはいけない改革は違う面があると思います。そもそも一般企業の仕事が終わるタイミングから、エンタテインメントの公演がスタートするケースは多いわけですし、イレギュラーな時間帯の仕事に従事しているスタッフもたくさんいますので、より幅をもたせて現実に即した改革を進めていかないと、我々の業界は立ち行かなくなってしまいます。また我々だけではなく、飲食業界やホテル業界、建築業界の皆さんも、人材確保に苦労されているでしょう。この問題に正面から向き合って、色々な産業、業界を巻き込んで解決方法を探っていかないと、共倒れになってしまう危機がすぐ目の前まで迫っていると痛感しています。