中西:2020年2月26日、集客エンタメが国から不要不急扱いされて困り果てた時に、特にさださんやMISIAさんは本当に沢山のコンサートを行って僕らプロモーターに勇気を与えてくれました。お2人には、感謝の気持ちでいっぱいです。さださんがコロナ禍の間に行ったライブは156本ですよ。
さだ:改めて本数を聞くと「ずいぶんやったなあ」と思います。
中西:数えさせていただきました。
さだ:ありがとうございます。ライブが完全に止まるとどうなるかというと、ライブに関わる人達の仕事がなくなるんです。当時、お医者さんと色々と相談したところ、終息するのにおよそ2年半から3年かかると言われました。その間、ライブができない状況になったら、プロモーターの皆さんもかなり打撃を受けるし、総勢30人ちょっといる僕のツアースタッフの生活も守れなくなってしまう。その間も生きていかなければいけないから、別の仕事を探すことになる。スタッフがバラバラになってしまうんじゃないかという恐怖心がありました。それでお医者さんと徹底的に話をしてみたら、何を恐れるべきなのか、何を怖がったらいけないのかが明確に見えてきた。半分しかお客さんは入れられないけれど、そうすればクラスターにはならない。
中西:1席ずつ間隔を空けてチケットを売っていた時ですね。
さだ:そうです。だから勇気を持ってやろうと。音楽は止めたらダメだと。止まってしまうのは、血液が止まるのと一緒だから。自分だけでもがんばってやろうと。もちろん赤字ですよ。赤字だけれど、ここは歯を食いしばってやろうと。7ヶ月間はまるっきりできませんでしたが、2020年9月1日から歌い出したんです。最初は川越。お客さんは4割ですよ。でも、客席から普段より大きな拍手が鳴り響いてきて……。
中西:コロナ中のライブって、あの拍手に救われたんですよ。
さだ:もうね、あの時のミュージシャンのエサは拍手ですよ。あの拍手にすべて救われる感じだったな。
中西:僕らも勇気づけられたんです。ライブをやると色々なところから厳しい意見が挙がりましたから。でも、やると決意してくれたアーティストに対しては、僕らもガイドラインを定めて、懸命に進めました。
さだ:万が一、僕のライブの会場からクラスターが出たら、引退するつもりだったんです。責任取らなきゃいけないから。責任を取るのはプロモーターじゃない、ステージに立つ歌い手だと僕は思っているので。バンドのメンバーやスタッフともさんざん話をしましたけれど、責任は全部自分にあるというつもりでスタートしたわけだから、もしもクラスター出ていたら本当に辞めていたと思う。だから辞表をポケットに忍ばせてステージに上がっていたようなものです。幸いにしてクラスターは起きませんでしたが。
中西:ACPC加盟社が行ったライブ会場からクラスターが出たという報告は、実はあの当時一つもなかったんです。
さだ:要するに一番怖いのは密度なんです。汗や唾が飛んだり、お互いにぶつかるような距離で2時間も3時間も盛り上がっていると、感染の可能性がすごく上がる。マスクして1席空けて接触しなければ、うつるわけがないんです。
中西:さださんもMISIAさんも、やっぱり一緒にツアーを回るミュージシャンを守らなきゃいけない、スタッフを守らなきゃいけないという気持ちで一歩踏み出したと思うんです。それが伝わってきたから、僕らも「この人たちを絶対応援しなきゃいけない」と考えました。
さだ:ホールだと、そんなに無茶するお客さんはいないんです。僕がすごく大切にしているホール、例えばフェスティバルホールや名古屋センチュリーホールのスタッフと話をしたら、「さださんのファンはルールを守ってくれる方々だから、クラシックと同じ扱いでいいです」と言ってくれたんです。
中西:コロナ禍では音楽ジャンルごとにガイドラインが違っていましたからね。
さだ:ランク分けがありました。クラシックのコンサートだとフルでお客さんを入れていいという。
中西:さださんのコンサートはトークが長くて面白いので、クラシックというよりトークショーだと思われたんじゃないですか(笑)。
さだ:何を言っているの、僕のライブはロックですよ、ロック(笑)。
中西:大変失礼しました(笑)。
さだ:だから「えっ、ロックだけど?」と言ったら「いや、クラシック枠です」って(笑)。そりゃね、皆さんの中のさだまさしは、スリーフィンガーのフォークソングを猫背でボソボソ歌うというイメージかも知れませんよ。でも、自分ではアコースティックでロックをやっているつもりなの。メッセージをひっくるめると、ロック・ミュージシャンと変わらないことをやっていると思っています。
中西:確かにトークの部分にもメッセージが込められていますよね。
さだ:あまり難しいことばかりだとお客さんが疲れちゃうので、7割はふざけたことを話しているんですけどね(笑)。