横田:人材だけではなく、機材の問題も起きているんです。コロナ禍を経てコンサートの開催数がもとに戻ることを見越して、弊社でもこの1~2年間、設備投資を通常の2倍以上の規模で行って来ました。しかし、そんな時に国際情勢の変化も起きまして、今の機材は半導体を多く使うコンピューター制御の機材がほとんどで、世界的な半導体の供給不足やウクライナ侵攻などの影響で、海外へオーダーしたものが手元に届かないんです。1年待ちのものもありました。このままコンサートの開催数が増えていったとしても、機材の物量が足りなくなってしまいます。円安の問題もあり、「ヒト」だけではなく「モノ」の調達への不安も深刻です。
「コンサートを開催できません」と言わなくてはいけない危機が迫っています。
中西健夫
コンサートプロモーターズ協会会長
中西:トランポも危機的な状況になっていますよね。働き方改革によって、舞台資材や機材の運送ドライバーの走行距離にも制限がかかってきています。長距離の運転ができないんですよ。世の中はネット通販の時代がきて、物流網は各事業の生命線になりつつありますから、ただでさえドライバー不足と言われている中で、労働時間や走行距離の制約が強くなってくると、コンサートの全国ツアーができなくなってしまうでしょう。
横田:東京から九州まで、複数のドライバーが交代で担当しないと運べないですからね。
中西:大阪までも一人では行けないそうですよ。機材が運べなくて、ツアーが組めないようなことが普通に起きてしまいます。
横田:ツアーの中でも開催地によってはスタッフが集まらなくて、コンサートの開催が危ぶまれるケースが出てきています。ツアーのスタッフには、全行程に同行するツアースタッフと現地で集められた現地スタッフがいますが、その現地スタッフが足りないんです。東京は市場が大きいので、フリーランスのスタッフもそれなりにいますが、続く規模の大阪や福岡だともう集まらない。福岡公演に北海道からスタッフを呼んだりしています。
中西:冗談みたい話ですけれど、本当ですからね。北海道に何人かスタッフがいるから、福岡へ飛んでくれと。
横田:それをしないと各地でコンサートができないんですよ。
中西:きちんと説明しなくてはいけないのは、我々の業界も法令を遵守した上で初めて成り立っているということです。人の命と安全を守る法律の大切さを充分理解した上で、この業界に携わる人々と家族の暮らしも守らなくてはいけない。中小企業は仕事がなくなると、つぶれてしまいます。会社がつぶれると、そこで働いていた人は暮らしていけなくなる。そうすると命も守れなくなってしまいます。だからこそ、法律と現実のバランスを取るための道を懸命に探そうとしているんです。
横田:「現実」の話をすると、舞台関係のスタッフは拘束時間が長いんです。朝、現場に入って、最終的なバラシまで立ち合いますので、どうしても長くならざるを得ないんですね。ただし、実働はどうかといえば、かなり凝縮されています。現場にいる時間は長くても、常にフル稼働しているわけではありません。精神的な負荷も、時間に比例してかかってくるわけではないんです。弊社は主にホールを管理する部門と現場を担当する部門に分かれていますが、スタッフのストレスチェックを行ってみると、現場で働いている者は長時間労働にもかかわらず、ストレスは少ないんです。事務作業に携わっている者のほうが圧倒的にストレスは多い。現場は舞台をつくり上げる達成感もあるからじゃないでしょうか。時間外労働に月の上限規制があることを前提にして当然シフトは組んでいますが、仕事によって労働者にかかる負荷に違いがあることも現実なんです。
中西:問題点を挙げるだけではなく、具体的な解決策も模索していかなくてはいけないと思いますが、そのためにはコンサートプロモーターだけでなく、舞台の施工各社、会場側など業界全体で同じテーブルに着く必要があります。少ない人材でそれぞれ公演を回していくには、人材や舞台、機材の共用も考えていかなくてはいけない。今、ある会場で連日の公演が入っているとして、プロモーターや施工業者が代わると毎回舞台をバラし、諸々の機材をすべて入れ替えることになります。大規模会場だと特にそうですよね。こういった通例をもっと効率的なやり方に変えられるように話し合っていきたいと思いますし、現在も少しずつそういった取り組みが始まっています。
横田:1日置いて自分達が担当する舞台だったりすると、またゼロからセットするわけですから、確かに無駄なことをやっているんですよね。
中西:共用するためにはプロモーターの横の連携も大事ですし、会場側のご理解、クリエイティブ面を担う制作チームのご理解も必要です。つまり、みんなで一緒に考えていくということになりますし、日々の業務に対応した試みですからスピード感も求められます。
横田:おっしゃるとおりです。最近、業種を超えた話し合いができる場ができつつありますし、同業同士でも「もう少しこうしようよ」「こんなやり方もあるんじゃないか」という意見交換もかなりできるようになりました。弊社にとっては人材だけでなく、機材の提供も業務の一つですので、そのあたりも話し合っていければと思います。
中西:プロモーター同士でも話し合う機会は増えていますね。
横田:すごくいい流れになってきた実感はあります。
中西:会場側も、もし人手不足でこれまで1日でできていた仕込みが2日間かかるようになると、稼働率がどんどん落ちて維持ができなくなるわけですから、これは本当に業界全体で考えるべき話ですよね。
横田:現在はテッペン貸しと言って、深夜0時から次の業者に引き渡されることが多いのですが、そういったことも時間外労働、長時間労働になる一因でもありますので、会場側にご理解いただかなくてはいけないことは多いですね。
中西:さらに大胆な案をお話しすると、ステージのないアリーナクラスの会場であれば、何もないフロアに毎回ステージを設置しなくてはいけないですよね。例えば「この1ヶ月間はコンサート目的の貸し出しだけにしてください」とお願いをして、その期間は共用できる基礎ステージを常設すれば、かなり人材やコストの合理化になると思います。過去に事例がないそんなトライも、いずれ実現させなくてはいけなくなるでしょう。
横田:フェスでも、舞台には基礎となる照明のセッティングがされていますが、アーティストによっては、自分のステージ専任のオペレーターを連れてこられる場合があります。もちろん曲のイメージの解釈や、アーティストのクリエイティブな面は尊重する必要がありますが、正直「常駐のスタッフに任せていただけないか」「この照明であればできます」と思うこともあるんです。そういう微妙な関係もうまく整理しながら、より良いステージをつくっていきたいと思っていますので、アーティスト側の皆さんと真摯にご相談していきたいですね。