会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。

第2部 パネルディスカッション

アーティストや選手の思いと「完売した空席」の存在

中西:近年、音楽やプロ野球などのチケットが数十万円という高値で出品されていたという報告があります。特にスポーツは来年以降、日本で世界大会がいくつも開かれますし、組織委員会から転売の規制を要望する声も届いています。まず皆さんの視点を伺います。

為末:本来アーティストや主催者が得るはずの利益が転売者に流れることが大きな問題で、倫理的な啓発とシステムの改善が必要です。今後はチケットの値段設定がカギになると思います。

岸谷:私は東日本大震災の復興支援のためにバンドを再結成し、コンサートの収益を義援金として寄付したのですが、私たちのライブも高額転売があったそうです。来場したファンの方から「自分も復興支援に参加できてうれしい」という声をたくさんいただいただけに、やりきれない気持ちになりました。

デーモン閣下(以下閣下):世間では、まだまだ正しく認識されていないだろうと感じる。高額転売とは本来流れるべきでないところに金がいき、不当な利益を得る業者や個人がいるから問題なのだと広く伝えていかなくてはならない。

野村:音楽関連団体もそう考えています。主には啓発と立法化、そしてチケトレの整備を含めた三つを進めてきましたが、「高額転売NO」には反対意見もあります。そういった声にも耳を傾け、クリアしていきたいですね。

閣下:先ほど価格の話があったが、音楽やエンターテインメント業界では、多くのアーティストが自分たちのコンサートステージに、ノーギャラに近い状態で上がっている。

岸谷:はい(笑)。

閣下:価格を上げていいという意見もあるのだが、こういった状態でやることには我々なりの理由があるのだ。まず、一所懸命貯金して好きなアーティストを見に行きたいという「ファンの思い」に価格を抑えることで応えたい。それから二つの「将来への投資」だ。多くの人に足を運んでもらい、「また見に行こう」と思ってもらう。我々も、各地の公演で得たものを次の作品に生かす。だから、売られたチケットの利益はアーティストと主催者や興行主に正しく入って、次に還元されなくてはおかしいのだ。スポーツならば、施設整備や選手の強化費などになるだろう。関係のない人に利益がいくのは大きな問題だ。

為末:そうですね。今後はテクノロジーが発達し、転売の流れや価格が把握できる時代が来るはずです。仮にそこで価格の上下があるにしろ、変動の幅を決めるのがいいでしょうね。また利益がアーティストに還元される形で実装されるべきだと思います。

岸谷:最近のチケットは一番前と一番後ろの席の値段が同じということが多いですが、高値の出品で買い手がつかなかったのか、最前列が空いているということもあります。私はドーム公演などでは一番遠い席と一番近い席に座って「どちらにもきちんと届けるぞ」と思ってステージに立つのですが……。

中西:アーティストはそういう思いを大事にされますよね。しかし、転売で勝手に価格が設定されて。

閣下:数分で完売したと聞く会場であちこちに空席があるというのは、ファンも我々もがっかりする。どんなツアーも「その1日」が一期一会の特別なものだし、期間限定復活のグループなどは今後二度と見られないかもしれない。見に行きたいと願う人の思いが簡単に踏みにじられているのだ。

為末:スポーツでは観客席の埋まり具合がアスリートのパフォーマンスに影響を与える場合もあります。高額転売などで押さえられたチケットの価格が乱高下して観客席に空きが出るとしたら、アスリートにも望ましくないことです。席が空くということは単なる売買を超えて、共につくり上げるような空間にある価値を損なう可能性もあると感じます。

チケット価格と今後の課題 時代に合ったシステムを

中西:チケット価格について、プロダクションの視点ではどうですか。

野村:お客様には学生など収入の無い方もいますので、むやみに高くすることはできません。来場機会が失われることは長期的に考えると損失ですから。岸谷さんの話にありましたが、近年のチケット料金は会場内同一が主流になっています。かつてのように席種ごとに変えるというのも考え方の一つです。最近のコンサートでの導入事例では、3席種のうち一番高額なプレミアム席でグッズの優先購入や入退場の優先レーンを使用できるサービスが取り入れられました。

閣下:慣例や慣習を見直すことも大切になるだろうな。

為末:フォーカスするポイントを間違えないようにしたいですよね。ファンとアーティストの結びつきを強めることが重要だと思います。

岸谷:そして啓発を。実は昨年、息子が人気のフェスに行くために何の悪気もなく転売サイトで高額チケットを購入しようとしたので驚きました。

野村:チケトレの認知拡大は課題ですね。今後より利便性が高まりますし、電子チケットに置き換わる過程でダイナミックプライスにも対応することになるでしょう。多少の時間はかかっても、業界全体で取り組んでいきます。

中西:本当はどの分野のチケットも、簡単に買えて身近に楽しめるものであってほしいですが、法規制やシステムが必要な時代になりました。未来の基盤をみんなでつくりたいですね。


関連記事

[SPRING.2020 VOL.45] ACPCが進めている新型コロナウイルス対策

[SPRING.2020 VOL.45] 3つのディスカッションから見えてきた、スポーツとエンタテインメントの接点

[SPRING.2020 VOL.45] 自然災害対策 会員社アンケート結果報告② 見えてきた大きな影響、導き出された今後の行動計画

[WINTER.2019 VOL.44] 自然災害対策 会員社アンケート結果報告 2019年、大きかったライブ・エンタテインメントへの影響

[AUTUMN.2019 VOL.43] 障害者のライブ・コンサート参加に関するアンケート 代表的な「困りごと」と必要な情報

[AUTUMN.2019 VOL.43] 新日本プロレス、業績「V字回復」の秘密

[SUMMER.2019 VOL.42] 事故が起きてしまった際のリスク低減もめざして

[SUMMER.2019 VOL.42] 「チケット適正流通協議会」も始動

[SPRING.2019 VOL.41] チケット不正転売禁止法」が成立した日本の現状を世界のライブ関係者が出席した「ILMC31」でプレゼンテーション

[SPRING.2019 VOL.41] ライブ・エンタテインメントの明日を拓く会

[WINTER.2019 VOL.40] 超党派議連で法案成立の報告会開催
多くの議員が「法律の実効性が重要」と発言

[WINTER.2019 VOL.40] A.C.P.C. 30th ANNIVERSARY PARTY

[WINTER.2019 VOL.40] 東條岳弁護士がレクチャー/「チケット高額転売規制法」の活かし方、広め方

[WINTER.2019 VOL.40] 座談会/2018年12月8日、「チケット高額転売規制法」成立。

[SUMMER.2018 VOL.38] コンサートプロモーターが日々実感している「使いやすい会場」「使いにくい会場」

[SUMMER.2018 VOL.38] チケット高額転売問題、法案提出へ 超党派の国会議員が参加し総会を開催

[SUMMER.2018 VOL.38] 「大阪北部地震」「平成30年7月豪雨」 相次ぐ災害と現地コンサートプロモーターの対応

[SPRING.2018 VOL.37] お客様への対応、会場運営のクオリティに直結するライブ・エンタテインメントの現場の労働力不足

[WINTER.2018 VOL.36] Sapporo Creative Convention「No Maps」 開催の目的とプロモーターの役割

[SPRING.2017 VOL.33] REPORT チケット高額転売問題 対策が進むイギリスの現状

同じカテゴリーの記事

[AUTUMN.2024 VOL.53] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 37 村松俊亮(一般社団法人日本レコード協会会長)

[SUMMER.2024 VOL.52] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol.36 小林武史(音楽プロデューサー)

[SPRING.2024 VOL.51] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 35 松本隆(作詞家)

[AUTUMN.2023 VOL.50] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 34 さだまさし(シンガー・ソングライター、小説家)

[AUTUMN.2023 VOL.50] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 33 島田慎二(B.LEAGUE チェアマン)

[SUMMER.2023 VOL.49] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 32 檜原麻希(株式会社ニッポン放送 代表取締役社長)

[SPRING.2023 VOL.48] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 31 横田健二(日本舞台技術スタッフ団体連合会 代表理事)

[WINTER.2023 VOL.47] 中西健夫ACPC会長連載対談 Vol. 30 都倉 俊一(第23代文化庁長官)

[SUMMER.2022 VOL.46] 中西健夫ACPC会長連載対談 SPECIAL 音楽4団体座談会

[SPRING.2020 VOL.45] 3つのディスカッションから見えてきた、スポーツとエンタテインメントの接点

もっと見る▶