中西:まずは藍綬褒章の受章、おめでとうございます。本当に素晴らしいことだと思います。
斉藤:ありがとうございます。EMI (当時、東芝音楽工業)に入社してから40代までずっと洋楽の世界を歩んできて、50歳になるタイミング(1997年)で社長になった時に初めて邦楽の勉強を始めた人間ですから、まさか自分が後に(国内資本の歴史ある)ビクターに入るとは想像していませんでしたし、長い間ビクターにいて褒章をいただくまでに至るとは考えてもいませんでした。まあ、レコード協会の理事をかれこれ15年近く務めさせていただいて、会長の在任期間も4年目になろうとしていますし、それだけ長く、深くこの業界に関わってきたということではあると思います。
中西:人徳があったからこそ、長く責任のある立場を務めてこられたわけですから。
斉藤:いやいや(笑)。EMIの社長になった時は、本当に邦楽の仕事が分からなくて、中西さんがお師匠さんでした。ライブ会場で中西さんに色々な方を紹介していただいたことが、僕の邦楽の道の原点だったと思います。
中西:とんでもありません(笑)。僕にとって斉藤さんは音楽業界の中でも大好きな方の一人ですし、ずっと仲良くさせていただいているだけで。
斉藤:今振り返ると、当時はまだCD市場全体が健在でしたが、その後は右肩下がりの時代が長く続くことになってしまいました。でも、昨年は前年比100.1%で、かろうじてではありますが前年をクリアする数字を残せました。フィジカルはほぼ横ばいですが、配信が着実に伸びてきていて、サブスクリプションのサービスインも続いています。
中西:サブスクの普及も大切だと思いますが、僕が注目しているのはフィジカルが売れるアーティストが出てきていることなんです。星野源さんとか、back numberとか、パッケージが売れていますよね。
斉藤:従来パッケージが強いジャンルは、アニソンやアイドルだとされてきましたが、確かに弊社でも星野源はよく売れています。
中西:back number も10代のファンがCDで聴きたいといっているそうです。
斉藤:日本のCD市場は縮小しているとはいえ、一定の規模は保っていて、その点は世界的に見るとかなり異質です。そんな中で業界をフラットに見て、アニソンやアイドル以外に、ロック、ポップス系のアーティストにもパッケージを売る力が増しているなら、大変良い傾向じゃないでしょうか。ファンとアーティストの絆が、日本は極めて強いんだなぁという感じがします。いずれにせよ、アーティストを熱心に追いかけているコアなユーザーにはCDでアルバムを掘り下げて聴いてもらって、好きな曲を手軽に聴くユーザーに向けては配信で対応するといった使い分けが、今後のレコード会社にはさらに重要になってくるでしょうね。
中西:今、名前を挙げたアーティストは、ライブがしっかりしているじゃないですか。ライブを観ることが、CDを買う行為につながっているなら、とても正しい相関関係ができているということだと思います。
斉藤:ライブの力は大きいですよね。本来、ライブとCDの関係はそうだったと思うんです。ただし、ここ数年はフェスが中心になってきて、中堅、新人のアーティストが個別にファンとしっかり向き合えるようなライブが意外と少なくなっている気もするんです。フェスとなると、どうしても個々のアーティストはワン・オブ・ゼムになってしまいますから。会場の規模を少しずつ上げながら、ファンとアーティストが足並みを揃えて成長していく流れを、最近は維持しにくくなっている面があるのではないでしょうか。
中西:これはよく話すことですが、フェスはライブのベスト盤だと思います。ベスト盤だから、ある意味では美味しいところだけをつまんで提供しているわけで、お客さんが慣れてしまうと「ベスト盤だけでいいや」ということになりかねない。プロモーターも、フェスと単独コンサートのバランスは常に気を配る必要があります。
斉藤:僕はレコード会社の社長の中では、ライブ会場によく足を運ぶほうだと思いますが、会場に行くとそのアーティストのファンの姿をこの目で確認できるんですよ。フェスだと、アーティストとファンの関係が見えにくいので、ちょっと消化不良になってしまうんです。
ライブとCDの関係でもう一つ申し上げると、新人の場合は別にして、中堅クラスのアーティストですと、以前のように「ライブで曲を聴いてもらって、CDを買ってもらう」ではなく、「CDで曲を覚えてもらって、ライブに来てもらう」という順番になっていると思います。CDがスタートで、ライブが結果。流れが逆になったようですね。
中西:中堅アーティストにとっては、CDが昔ほど売れなくなってきて、ライブをやらないと経済的な環境が良くならないという事情もあります。でもCDを売る努力もしていかないと、アーティストの寿命が短くなってしまいます。音楽を含めてネット上にあるコンテンツは、ユーザーが食いつくのも早いですけれど、忘れるのも早い。継続性という意味では非常に微妙だと思うんですよ。
斉藤:ネット文化の本質は、通り過ぎていくメディアの中の存在であることですからね。
中西:だからこそリアルのライブ、フィジカルのパッケージが大事ですね。鍛え上げられたライブをやり続けて、CDも売れるようになったアーティストはやっぱり持続力があります。斉藤和義さんなどは、まさにそうですよね。
斉藤:武道館公演のあの盛り上がりからも分かるように、ファンとの絆たるや大変なものですよ。とにかくアーティスト達は人生をかけて音楽をやっていますから、彼らがキャリアをずっと続けていけるような音楽業界にしなくてはいけないと改めて思います。