「学生達から出てくる、現実をワンステップ越えたアイディアが面白い」
会報誌 ACPC naviライブ産業の動向と団体の活動をお伝えします。
ライブ・エンタテインメント人材論
松任谷正隆 インタビュー
東京工科大学・寄附講座から考えるライブ・エンタテインメント人材論
2年目を迎えたACPCによる東京工科大学への寄附講座では、今年も幅広いジャンルのトップランナーの方々に講師を務めていただきました。中でも松任谷正隆さんは、昨年に引き続き、松任谷由実さんの苗場コンサート「SURF & SNOW IN NAEBA」の現場に学生達を招き入れ、インターネット・マガジン「Y MODE」でコラボレーションするなど、講義だけでは終わらない試みをしてくださいました。学生達と過ごした時間から見えてきた、次代のライブ・エンタテインメント業界を担う人材像とは、どんなものだったのでしょうか—。
彼らはコンテンツメーカーだった
去年、東京工科大学で講義を担当するお話がきた時に、引き受けようと思った理由をお聞かせください。
松任谷:荒木(伸泰=ACPC常任理事/キャピタルヴィレッジ代表取締役)に頼まれたから—というのが正直なところです(笑)。大学で教えるなんてことが得意なはずもなく、引き受けるかどうか多少は迷いました。でも、面白いものは偶然に見つかることも多いんですよ。実際にやってみたら面白かったですね。
講義だけで終わらずに、松任谷由実さんのコンサート「SURF & SNOW IN NAEBA」の現場に学生達が参加するところまで発展しましたが、それは正隆さんの発想だったのでしょうか(学生とのコラボの模様は次ページで詳報)
松任谷:そうですね。もともと苗場でのコンサートは「学生」がキーワードだったんです。(制作を担当している)荒木も始めた頃(1981年)は学生でしたし、僕自身も苗場というと学生時代の遊びにつながるイメージが残っているんです。だから苗場には学生が参加する意味があるなという気がしたんですね。もちろん学生には面白い部分と稚拙な面の両方があるでしょうが、そこは僕達とミーティングすることで、いいバランスが取れるかもしれないと考えて。
実際に学生達と一緒に仕事をしてみて、その働きぶりはいかがでしたか。
松任谷:初めて東京工科大学に行った時、とにかくキャンパスが立派で、機材が充実しているというイメージを持ったこともあって、学生達は撮影や編集のテクニックとか、技術系の勉強をしているんだと思っていたんです。でも、実際に仕事をしてみたら、彼らはコンテンツメーカーだった。もっとソフト寄りだったんですね。だから今年は「Y MODE」のコンテンツに面白いアイディアを注ぎ込むことに力を入れてもらったんです。「Y MODE」自体はこちら側で考えたものなんですけれど、自分たちの発想の中ではやり尽くした感じがありましたから、学生達が入ることによってとんでもないアイディアが生まれたり、コストを下げることにつながればいいなと。彼らは期待に応えてくれて、今年はゲレンデで開催したフリー・ライブなどを実現できましたし、ミュージック・ビデオを広く学生達(東京工科大学に加え、多摩美術大学もコンペに参加)に作ってもらうというアイディアも出ました。そして、実際その中の一作品を今回のアルバム・プロモーションで使用するところまで発展したんです。
「現実」とジャンルを越えられる人材を
今のお話ですと、松任谷さんが学生達を起用した背景には、PVのスタッフだけではなく日本の音楽業界の人材に対する閉塞感があるということでしょうか。
松任谷:閉塞感は強くありますね。ビジネスの枠組はわりと決まっている業界だから、もちろん行き過ぎたことはできないでしょうが、それでもまだまだやり切れていないことはたくさんあると思っています。
ライブはやはり音楽の原点ですよね。レコードが誕生する前は、ライブしか音楽を聴かせる方法はなかったわけで、これからもコンサートはずっと必要とされると思います。ただし、その原点の大切さを考えれば考えるほど、時代の変化の中でライブを伝える手段は幅広くなってくるだろうとも思うんです。インターネット・ライブもその手段の一つですから、僕は何年か前から模索しているんですけどね。その時に既存のプロのスタッフに頼むと、大体みんな現実的なことを考えるんですよ。「こういうサーバを使えば、こういうことができます」という具体例は今までの経験値から出してくれます。でも、例えば学生からは、経験値がない分、現実をワンステップ越えたアイディアが出てくる。プロに頼むとそういうアイディアは絶対出てきません。だから発想は学生達にまかせて、そのアイディアを実現させるための過程でプロに手伝ってもらえばいいんじゃないかと考えたんです。
松任谷由実さんは、質の高いエンタテインメントを提供し続けてきたわけですから、プロ中のプロのスタッフとも仕事をされてきたイメージも強いと思いますが、学生達に門戸を開くことに抵抗はなかったのでしょうか。
松任谷:そういったイメージを持つ方は、デビューした当時のことをきっとご存知ないからで、僕らはずっと挑戦者なんですよ。歌謡曲やフォークの中にあって、既存の音楽ではないものをやってきましたから。自分達ではいつも新しいトライの連続だったと思っているんですけれど、案外そういうふうには思われていないんですよね(笑)。でも、ずっと新しい試みを続けていこうと思っているのは確かなんです。最近だと……なんでカッコいいディナーショーがないのかと思っているんですよ。いわゆる営業っぽくなくて、本当にカッコいいショーがどうしてできないんだろうと。実は苗場を始めた時も、渋谷のジャンジャンでライブを始めた時のことを思い出して「ライブハウスでやろうよ」という話から苗場に発展したんです。普通のライブハウスでは面白くないので、どこかにお洒落なライブハウスがないかと探しているうちに、スキー場に辿り着いたわけです。きっと面白いアイディアなんてどこにでも転がっていると思うんですよね。
学生達の中には、いずれ音楽業界の門を叩く人もいると思いますが、ACPCの会員社は今後、どのような若い才能を採用していくべきだとお考えですか。
松任谷:これからはコンサート・プロモーターも、音楽だけを扱おうと思わなくていいんじゃないですかね。結局はお客さんを集めて、イベントを実施するということですからね。イベントの内容はどんなものがあってもいいと思います。そういった意味では、広い見方をして、色々なジャンルをクロスオーバーで考えられるような人材が必要じゃないでしょうか。そして何よりクリエイティヴなアイディアを持っていることが大事だと思いますね。
松任谷正隆プロフィール
コンサート・プロモーターには、色々なジャンルをクロスオーバーで考えられるような人材が必要じゃないでしょうか
1951年、東京生まれ。14歳からバンド活動を始め、「小坂忠とフォージョーハーフ」や「キャラメル・ママ」などに参加。スタジオ・プレイヤーとして多くのセッションを経験した後、アレンジャー、音楽プロデューサーとして数々のアーティストを手掛ける。「マイカミュージックラボラトリー」の代表として、若手の育成にも尽力。自動車など音楽以外でも造詣が深いジャンルが広く、著書やテレビ出演も多い。雲母社代表取締役。