―そういった状況を理解した上で、特定興行入場券に指定するには、どんなことが必要なのでしょうか。
東條:「チケット販売時に同意のない転売を禁止する旨が明示されていること」については、これまでのほとんどのチケット販売でもクリアしているでしょう。また、座席が指定されているチケットについては、これまで購入者の氏名や連絡先を取得することは珍しくありませんでしたから、これもクリアするのは難しくはないでしょう。難しいのが、座席が指定されていない、例えばフェスのブロックだけが指定されたチケットや、スタンディングのライブハウスで整理番号だけが書かれたチケットです。これらのチケットは、入場資格者を特定し、その氏名や連絡先を取得しないと特定興行入場券にはならないんです。最近は、一部の超人気公演では入場資格者を全て特定するという販売方法も取られていますが、まだまだ割合としては多くないと思います。
このようなお話をすると、ユーザーにとっても事業者にとっても、やや面倒くさいなと思われる部分もあるかもしれません。しかし、この法律は刑罰をともなうものですから、そのチケットが特定興行入場券に当たるかどうか、主催者側がはっきりと分かる形で券面に記し、ユーザーの皆さんにも充分周知することが必要になると思います。そして、何より大事なのは、この法律が施行される目的はあくまでも興行の振興であって、ユーザーの選択の自由を制限するためのものではないということです。事業者にとって、課せられる義務が大きく増えるわけではありませんし、刑罰をもって転売を禁止することを希望しない場合は、特定興行入場券にしなくてもいいわけです。まずはユーザーが安心してチケットを買える環境をつくることが第一だと思います。
―世界的に見て、今回の法律と類似するものは存在するのでしょうか。
東條:海外の法律を見ますと、オリンピックのチケットに関しては、2012年のロンドンくらいから法律による転売の規制が行われるようになりました。今では、冬季・夏季を問わず、開催国で転売規制の法律ができています。ですから、今回のようなチケットの転売を規制する法律は世界で初めてではありません。しかし、オリンピック以外のチケットに関しても広く規制をかけ、販売価格を超える金額での譲渡を制限する法律は、私が知る限りでは類を見ないと思います。
そういう意味では、適正価格でユーザー同士がチケットを譲渡できるような二次的なプラットフォームの整備も求められるわけで、今回の法律にも事業者は「興行主の同意を得て興行入場券を譲渡することができる機会の提供」に努めるよう明記されています。業界団体が、いわゆるフェアトレードの公式チケット譲渡サイトをつくる例は、イギリスを中心にいくつかありますが、それを法律が後押しすることはきわめて珍しいですね。
―最後に「チケット高額転売規制法」を事業者側がうまく活かしていくためには何が必要か、改めて伺わせてください。
東條:法案が成立した直後の超党派議連総会で、議員の先生方もおっしゃっていましたけれど、「仏つくって魂入れず」にしてはいけないと思います。法律が施行されたからといって、すぐに一般に周知されて、違法行為が次々に摘発されるわけではありませんので、事業者側が法律の内容を文字面だけではなく肌感覚で理解して、広くユーザーに理解してもらうことが大事です。
映画館で流れる「映画泥棒」キャンペーンの音楽版ではないですけれど、「法律に違反して譲渡されるチケットとはどんなものか」といった、注意を喚起するキャンペーンも必要ですし、業界内部向けのパンフレットや、分かりやすいQ&Aなども用意すべきだと思います。皆さんが法律に対する理解を深め、同時にユーザーにも法律を知ってもらう活動についてはまさにこれからです。今後は、この法律を踏まえた売り方がスタンダードになるのですから、通常のお仕事とは別のトラックで取り組んでいただきたいですね。