中西:松本さんは作品を提供したシンガーの方に、プロデューサー的な立場で関わることも多かったと思いますが、その際にシンガーのコンサートに足を運んで、何か気づくことはありましたか。
松本:松田聖子さんに関わるようになって、渋谷公会堂のコンサートに行ってみたら、客席に男性しかいなかったんです。親衛隊が大声でコールをしていて。それで僕は、若松(宗雄/当時CBS・ソニー)さんに「この環境を変えようよ」と言ったんです。いわゆる歌謡曲の営業的なステージに立つこともやめて、活動を音楽に絞ろうと。ニューミュージックに近いスタンスにガッと寄せたんです。僕が書くのも「赤いスイートピー」みたいな詞にしていきましたし。男性ファンが減ることは覚悟の上で。結果的に、聖子さんのファン層は女性中心になっていくんです。最近も大阪城ホールに呼ばれて行きましたが、客席はほぼ女性でしたね。
コンサート売上の5割超を首都圏が占めています
この状況は本当に大都市集中です
中西健夫
コンサートプロモーターズ協会会長
中西:松田聖子さんのライブは、どんどん動員が増えていった印象がありますが、熱狂的な男性ファンだけだったら、そうはならなかったでしょう。息長く活動が続けられるのも、長年支持している女性の観客層がいるからだと思います。
松本:意外と異性のファンって、移り気だからね。新しいアイドルが出てくると、すぐに浮気しちゃうところがあるでしょう。同性のファンはちゃんと作品に向き合ってくれるというか、保守的な面があるじゃないですか。はっぴいえんどだって、なぜ、今の時代までずっと支持してくれる人がいるのかというと、同性に受けたからだと思う。
中西:確かに国立競技場で失神したのも男性でした(笑)。
松本:本当に女性のファンなんて数える程しかいないんですよ(笑)。ステージの幕が上がると、「キャーッ」という声援じゃなくて、「ウォーッ」と地響きが鳴る感じですから(笑)。
中西:女性シンガーだけではなく、バンドも人気が続くのは同性から支持があってこそですよね。デビュー時は女性ファンが8割、9割でも、途中から男性から認められるようになったバンドが確かに長く評価されています。本当に同性に受けるということは、大事なキーワードかもしれないですね。
中西:松本さんの詞は、作品として長く歌い継がれているだけではなく、詞の世界観まで色々なジャンルの方がこぞって分析までし始めているじゃないですか。「木綿のハンカチーフ」がなぜ、ああいうストーリーになったのか、なぜ、男女がそれぞれの立場から交互に語る構成になったのか……これほどまでに分析の対象になる作詞家の方は他に例がないですよね。
松本:いつの間にかアカデミックになっちゃったね(笑)。僕が考えているのは簡単なことなんです。どうやったら自分の作品の生命を1年でも長く延ばせるか――それだけなんですよ。だからスタンダードな作品にしたかった。それを自分の力だけではなく、皆さんの協力を得て実現することができて、結果的にとんでもなく長いスパンの活動になっているのだと思います。
中西:本当に何かとんでもないことになっていますよね。
松本:そういえば去年の紅白(NHK紅白歌合戦)を観ていて、「ルビーの指環」はいい詞だと思ったな、自分でも(笑)。やっとテレビを通してあの詞の良さが伝わったような気がしました。新曲みたいに聴こえたというか。
中西:全く古く感じませんでした。歌った寺尾聰さんもすごかったです。
松本:彼は優秀なミュージシャンですから。ただね、詞なんて誰でも書けるんですよ。
中西:そんなことはありません(笑)。
松本:いや、これは事実。誰でもおにぎりは握れるのと同じで、1人1個はつくれるんです。それを僕とか阿久悠さんみたいに大量生産するのは、また別の話でね。次元の違う行為なんだけど、1人1作品はできるんですよ。職業作家にはなかなかなれないというだけで。
中西:コロナ禍では世界中で改めて詞が見つめ直される現象が起きたんです。
松本:そうなんですか。日本人は詞が好きだということは分かりますが……まあ確かにコロナの時は、皆が内省的になったから、詞を読み込む方向に行ったのかもしれません。
中西:昔の楽曲も含めて詞が注目されて、最近の曲でも自分達のリアルな感情を歌う詞が増えたと思います。
松本:ビリー・アイリッシュみたいにエキセントリックな作品を書くシンガーが出てきたしね。
中西:それとネット社会になって、昔の曲も今の曲も同時進行で聴くじゃないですか。
松本:ランダムになっていますね。
中西:そこが大きく変わった点ですが、僕はある意味ですごくいいことだと思っているんです。
松本:サブスクの時代になって、まずローカルがなくなっちゃったのね。逆にグローバルもなくなった。これまではアメリカで成功しないと世界に発信できなかったけれど、いまはサブスクがあるから、誰でも発信できる。アメリカのチャンネルを通さなくても。それがすごく可能性を広げているわけで、だからこそBTSもきっかけをつかめたし、日本のアニメの主題歌も売れていくんです。国境があるようでないんですよ。インドのドラマを観たいと思ったら観ることができる時代じゃないですか。東欧の映画も観られるし。こういう時代だからこそ、韓国は国がサポートしてドラマや音楽を輸出して、結果を出したわけです。一方で日本はコロナ禍で文化はいらないという空気になったり、予算的にも厳しい状況が続いていますからね。