中西:ディスクガレージは、ユイ音楽工房の系列会社として吉祥寺でレコード店を経営するところからスタート(1979年創業)していますが、貸しレコード店の登場で打撃を受けて、行き詰まってしまいました。その頃、後藤さんが「ユイのコンサート関連の仕事を手伝いなよ」と言ってくださって、コンサートのプロモートへと仕事をシフトしていったんですよね。懐かしい話ですが。
後藤:ディスクガレージはPMP(パシフィック音楽出版、現フジパシフィックミュージック)と東洋化成、ユイの3社でつくった会社でした。ユイも当時はコンサートやイベントもやっていましたが、今後はディスクガレージに託してやっていこうというのが始まりでしたね。
中西:僕も入社した頃は二足の草鞋だったんですよ。昼間はレコード店でレジ打ちして、夜はコンサート会場に行くみたいな。
後藤:オープン前にみんなで商品の仕分けをしたこと、憶えていますよ。懐かしいねえ(笑)。
中西:レコードの検品がすごい量で大変でした。
後藤:だから結局、レコード店としてうまくいかなくてよかったんですよ(笑)。もしうまくいっていたら、今の形のディスクガレージはなかったわけで、日本のコンサート業界にとって大きな損失になっていたかもしれない。
後藤:音制連の場合、設立のきっかけは、それこそ貸しレコードの問題なんです。貸しレコード店が普及し始めた時、これはマズいなとはっきり思いましたが、当時の我々には対抗する手段がなかった。まとまって行動を起こすにも、徒党を組むこと自体をどちらかというと毛嫌いしていた時代でしたし、政治家の人達とも距離がある。お役所の方々ともコミュニケーションがないわけですから。
中西:迎合したら負け、みたいなところがありましたからね(笑)。
後藤:やはり自分達がある程度のマジョリティを持たないと、物事が進まないんですよ。今のACPCは、中西さんがちゃんとマジョリティを持って、力を発揮していると思います。
中西:僕らも大人になって……というか還暦も過ぎていますが(笑)、どのように物事を進めていくかを改めて整理整頓して、闘う相手を明確にしながら、一方で筋を通すところはきちんと通せるようになったのだと思います。チケットの高額転売問題には議員立法という形で対処しようとしていますから、政治家の方からも力をお借りしなければいけないし、役所の方々にも協力していただく必要があります。
後藤:とにかく貸しレコードの問題では、すごく痛い思いをしました。あれだけアーティストが身を削ってつくった作品を、アルバム一枚200円くらいで貸してしまうわけですから。録音によって複製できる音楽の特性を踏まえると、「貸す」は「売る」に等しいわけです。今さらいうのもなんですけれど(笑)、貸しレコードは法律で禁じればよかったんです。デジタルの時代の今、蒸し返しても「そんな話あったんですか?」と笑われてしまうと思いますが(笑)。
中西:デジタル時代といえば、転売には異業種が参入してきたり、ちょっと前まで想像もつかなかったことが1年で色々と変わっていくので、対応できる態勢をつくらないと間に合わなくもなってきています。
後藤:今の時代は本当に大変ですよね。我々が音制連を立ち上げた頃はアナログだったじゃないですか。メインストリームではないし、若かったし、ヤンチャだったし、若気の至りもいっぱいあって。当時に比べると、今ACPCがやっていることは立派だと思います。誰かがいっていましたけれど、要は「誠意と志」なんですよ。チケットの高額転売問題も、我々の時代の貸しレコードの問題も、何か問題に直面して、人間は志を持つと思うんです。
中西:確かにそうですね。
後藤:チケットの高額転売問題で大切なのは、メインストリームのお客さんです。お客さんの声に誠意を持って耳を傾けて、しかもアーティストの志も忘れないで、中西さんを筆頭に音制連の野村(達矢/常務理事)さん、音事協(日本音楽事業者協会)の中井(秀範/専務理事)さんが、がんばっている。当然そのことはアーティストにも、お客さんにも伝わっていると思います。