芸術が人の心をとらえ、必要とされる時 文化が国境を越え、受け入れられる瞬間
撮影:宇都宮輝(鋤田事務所)
「震災から1週間後、みんなの心を一つにすれば、必ずや成し遂げられるという思いで『日本一心』と書きました」
ここ数年で掲載された、コンサートを告知する広告のうち、最もインパクトがあり、人々の心に残っているものはどれでしょうか? 様々な意見があるとは思いますが、2011年7月COMPLEX東京ドーム再結成コンサートを電撃的に伝えた、4月28日の新聞広告を挙げる音楽ファンは多いはずです。そして、この広告が多くの人の気持ちをとらえた理由は、東日本大震災からの復興支援を目的としたものだったからだけではなく、紙面の中心に大きくレイアウトされた「日本一心」の書にあったことは間違いありません。
中西健夫ACPC会長の連載対談、第4回のゲストは、この作品の生みの親である書家・紫舟(ししゅう)さんです。日本の伝統的な芸術の担い手でありつつ、海外からも注目を集める紫舟さんに、中西会長との交流から、世界の中での日本文化の存在感まで、ご自身のアトリエで語っていただきました。
中西:もともと紫舟さんは、某企業の方にご紹介していただいて、その後も何度か同席する機会がありましたが、最初にお会いしたのは紫舟さんがNHKの大河ドラマ『龍馬伝』の題字を書く前でしたよね。
紫舟:『龍馬伝』が2010年でしたので、初めてお会いしたのは2009年だったと思います。中西さんは交友関係が広いので、色々なお友達をご紹介いただいたり、私の友達も紹介させていただいたり。中西さんの素敵なところは、交友関係を丸ごと大切にしてくださる大きくてあたたかなところです。例えば、私の友人がオーナーシェフをしているお店で集まった後も、そのお店をずっと使ってくださったり、私の友達がサッカー好きだと知るとチケットを用意してくださったり。みんなを気にかけ大切にしてくださるところをとても尊敬しています。
中西:それは紫舟さんの友達の選び方がいいからです。友達を社会的な地位とか、有名かどうかで選んでないことが伝わってきますから。僕は偉い人やプライドの高い人が集まる席が苦手なんですが、紫舟さんの仲間の輪には、気楽に入っていけるんですよ。でも、紫舟さん、人を紹介してくれる時、あまり詳しく説明しないですよね。どういう方かよく分からないまま、お会いするケースが多くて(笑)。
紫舟:中西さんは心療内科医のような方です。心を開いて接してくださるので、私や私の友人までもすぐに心を開いてしまいます。中西さんに相談してみよう、話を聞いてもらおうという人は、たくさんいるのではないでしょうか。
中西:僕はお酒の席で、誰かが一生懸命に語っているのを聞くのが、単に好きなだけですよ。というとお酒を飲んでばかりいるみたいになっちゃうので、真面目な話をすると、僕が紫舟さんにお会いすることによって、自分の中にも少しはあるだろうと思っている、芸術に対する感覚や感性が触発されるのがうれしいんです。作品を拝見しても、言葉の選び方や色使いまで、「ああ、なるほど」と共感できる。例えば朝日新聞に連載された『いい名』でも、使われている漢字の意味や名づけられた時の由来まで、ちゃんとその思いに寄り添って書にしていることが分かるんです。
紫舟:ご両親やご家族がそれぞれ異なる思いで名前をつけて、ご本人もそれを受けて、こんな風に生きようと自分だけの夢を持つわけですから、彼らの思いに寄り添うと、確かに書もすべて違う書体になっていきます。『いい名』だけではなく、どなたかに贈るために作品制作をする際は、お相手の情報をできるだけ集めますし、お話を聞くことに時間も費やして、その思いにできるだけ寄り添うことを心がけています。
展覧会に出す自身の作品の場合は、自分の心の深い部分、潜在意識のようなところにあるものをしっかり見つめて、自分自身の心に作品を近づけます。寄り添う対象は変わりますが、普段は感じない深い部分の思いを汲んで作品にするという意味では、制作過程は同じかもしれません。